易経~ 萌しと兆し ~

花 

易経とは、中国の古典です。

現代に読み継がれている書物としては、最古のものだそうで、
経営者のための帝王学とも言われています。

過日、易経研究家の竹村亞希子さんの講演を
2週連続でお聞きしたことがありました。

その中で一番印象に残ったお話を一つ。

萌しと兆し

たとえば季節の移り変わりを感じるとき。
冬から春にかけて、木の枝の堅いつぼみを見つけると、春の「萌し」を感じますね。

こちらの「萌し」は、目に見えて実感のあるもの

です。

この「萌し」を感じる心に加え、目に見えない「兆しを観る目」が必要
なのです。

たとえば、冬至。
冬至は、1年で一番夜が長く、昼が短い日です。

しかし、この日を境にして、昼がだんだん長くなる日でもあり、
それは、春が近づくことなのです。

しかし、体感は?というと、
むしろ、だんだん寒くなるというのが実感ですよね。
大寒に向かっていくのですから。

頭では春が近づくとわかっていても、とてもそうは思えないものですが、
確実に、夜よりも昼は長くなり、そして、春に近づいているのです。

さて。

ビジネスにおいても、
これを乗り越えればラクになる、確実によくなるとわかっていても
乗り越えた(だろう)瞬間から当分は、
実は、たいへんなこと、つらいことが多いものです。

そんなときは、頭ではわかっていても、
本当によい方向に向かっているのか、
迷ったり、見失ったりしてしまうこともある、のです。

本当にこれでいいのだろうか、このまま続けていいのだろうか、と。

だからこそ、ここで、「目には見えない兆しを観る目」がいるのです。

日々の中で、「兆しを観る目」を養うこと、
私たちには、この学びが求められるのです。

こんな話もありました。

「志」は揺らぐもの。

何も無いときは、これでいいのだ!と信じて進めるのに、
自分がいろいろなものを得始めると、迷う、揺らぐものなのだと。

たとえば、立場が上がるなども、この一つなのでしょう。

なにも無いときは強い。
しかし、年齢やキャリアとともに、
自分に身につくモノもあるけれど、誘惑もある。

そのときに揺らがないように、
確乎不抜(かっこふばつ)の心がいるのです。

確乎不抜とは、ちょっとやそっとでは揺らがない心。

「萌し」を感じる心と、「兆し」を観る目。

春は、冬に準備されるからこそ萌しが見えるように、
私たちも、準備するからこそ、「兆し」を見誤らず、
春が迎えられるこいうことです。

その中にこそ、確乎不抜の信念が養われるのです。

「兆し」を観る目を養う日々の学び、あなたは何をなさっていますか?
今一度、ご自身を振り返ってみることをお薦めします。
 

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三厨 万妃江

三厨 万妃江

一般社団法人 社員教育内製化推進協会 代表理事 / 有限会社キャリア・サポート 代表取締役 / 社員力向上&ホスピタリティ コンサルタント --- 岐阜市生まれ。全国の企業・医療・介護福祉施設などで、経営者や社員の教育および組織活性化のためのコンサルテーションを展開。平成26年度には人材育成のプロとなって25年を迎え、その間、関わった受講者は13万人以上。 セミナー・講演スケジュールはこちらから
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